社会課題の解決を 図る組織であれ
社会課題とは、個人の努力だけでは解決が難しく、社会全体の仕組みや制度、価値観によって生まれ、放置すれば多くの人の生活や人生に大きな影響を及ぼす問題のことを指します。特に医療・介護・障がい福祉の世界では、この「社会課題」が日常の中に深く入り込んでいます。
例えば、
予防という観念に囚われすぎ、または過剰な外部からの誘導のもと健康を害するような不要な検査を受ける、といったことや、
本来自分で行うべき健康管理健康習慣を易きに流れてしまい、これさえ飲めば治る、これを使えばラクになるといった甘い言葉に誘導され本質的根本改善を図ろうとせず付け焼き刃的な対処で安易に解決を図ろうとする点など、情報が乏しかった時代でも情報が溢れている現在でも、何が正しいのか、何が正解なのかが人間の身体は分からないからこそ真の正しい知識、正しい情報を得ること自体の困難さが社会課題となっています。
『適切な医療』とは何でしょうか。病院に通い、薬をもらい、検査を受けることが本当にその人にとって最善なのでしょうか。本来、医療とは健康を取り戻し、人生の質を高めるために存在するものです。しかし現実には、必要以上の検査、不要な投薬、過剰な通院が行われている場面も少なくありません。高齢者医療の現場では、10種類以上の薬を毎日服用している「ポリファーマシー(多剤服用)」が大きな問題となっています。薬が増えれば副作用が増え、副作用を抑えるためにさらに薬が増えるという悪循環が起こります。本来は減らすべき薬が、医療機関の収益構造の中で増え続けてしまう現実があります。医療が「治すため」ではなく、「回し続けるため」の仕組みになってしまっている部分があるのです。
介護も同様です。「適切な介護」とは、単にサービスを提供することではありません。本来は、その人ができることを奪わず、自立を支えることが重要です。しかし制度上、介護保険では“やったこと”に報酬が発生しやすく、“できるようになったこと”には評価がされにくい構造があります。そのため、本人ができることまで職員が代行してしまい、結果として身体機能や意欲を低下させてしまうことがあります。これは支援ではなく、依存を生む介護になってしまいます。
バリアフリーといった概念もその1つで、確かに段差で躓き、転倒して骨折するリスクは多分にあります。
しかし、ありとあらゆる障害を未然に解消してしまい、身体が弱っている人は満遍なく平等に段差で躓いてしまうからと断定的に決めつけてあらゆる困難さを排除すればどうなるでしょうか?フレイル状態という言葉にあるように日々の体を動かす習慣を奪いより一層寝たきりへ移行するリスクが高まるのも事実です。
障がい福祉の分野でも、「適切な支援」が問われます。支援とは守ることではなく、その人が社会の中で役割を持ち、自分らしく生きることを後押しすることです。しかし現場では、“とりあえず預かる”“安全に過ごしてもらう”ことが目的化してしまい、本来あるべき成長支援や就労支援が後回しになることがあります。制度の枠の中で運営を優先し、人の人生そのものを見る視点が失われる危険があります。
ここで重要になるのが「機会ロス」と「環境ロス」です。
機会ロスとは、本来得られるはずだった機会を失うことです。例えば、地方に住んでいる高齢者が専門的なリハビリを受けたくても、近くに施設がない。発達障がいのある子どもの親が、早期療育の重要性を知らず、支援につながれない。これは「知らなかった」「近くになかった」という理由だけで人生の可能性が狭まってしまう問題です。
環境ロスとは、本来伸びる力があるにも関わらず、置かれた環境によってその力が発揮できないことです。例えば、障がいのある方が働く能力を持っていても、地域に受け皿がない。高齢者が元気で働き続けられるのに、“年齢”だけで機会を奪われる。これは本人の問題ではなく、社会の側が作り出している損失です。
正しい知識、正しい情報がないことによる弊害も非常に大きいです。
「病院に通い続けていれば安心」「薬をたくさん飲んでいるほどしっかり治療している」「介護施設に入れば全て安心」といった思い込みがあります。しかし実際には、必要以上の通院や投薬がかえって身体機能を低下させたり、副作用によって新たな不調を生んだりすることがあります。
先程挙げた例で、高齢者の方にありがちな複数の医療機関を受診し、それぞれで薬を処方され、結果として毎日多くの薬を服用しているケースでは、本人も家族も「先生が出しているから安心」と考えますが、その中には本来不要な薬や、飲み合わせによって危険を伴うものもあります。正しい知識がなければ、“治療”のつもりが、逆に健康を損なう原因になってしまいます。
また、障がい福祉の分野では、「福祉サービスを使う=守られること」と捉えられがちですが、本来は社会参加や自立を支えるためのものです。制度を知らないことで、本来受けられる就労支援や訓練の機会を逃し、「自分には無理だ」と可能性を閉ざしてしまうことがあります。
介護においても、「家族が全部やってあげることが優しさ」だと思われがちです。しかし、過度な介助は本人の残された能力を奪い、結果として寝たきりや認知機能の低下を早めてしまうことがあります。本当に必要なのは、“してあげること”ではなく、“できることを残すこと”です。
精神疾患という名目で位置付けられてしまう方々にも同じことが言えます。本質的な改善を図らず、安易に薬だけで症状を抑えようとすることには、大きな弊害があります。
子どもの場合は、さらに慎重であるべきです。落ち着きがない、集中できない、感情の起伏が激しい、学校に行けない——こうした状態の背景には、家庭環境、学校でのストレス、いじめ、愛着形成、睡眠不足、スマホ依存、栄養不足など、さまざまな要因があります。
しかし、それらを十分に見ずに「問題行動」として捉え、すぐに、所謂『精神薬』で症状を抑えようとすると、その子が本来発していた“助けて”というサインを見逃してしまいます。薬で静かになったとしても、それは解決ではなく、“表面上見えなくなっただけ”である場合があります。
上記の要因の本質的な原因改善を行わず安易な投薬、服薬によって表面的な症状が一時的に抑えられることで本人も周りも「薬によって症状を抑えられることの手軽さ」を覚えてしまい反復した服用が依存を生み出します。 睡眠薬依存も同じことが言えます。
精神医療において最も大切なのは、「症状を消すこと」ではなく、「その人がどう生きたいか」を支えることです。薬はあくまで手段であり、目的ではありません。
本来必要なのは、
・安心できる家庭環境
・信頼できる人間関係
・適切な睡眠と栄養
・役割と事故形成
・働き方や学び方の調整
・心理的な伴走支援
こうした“生きる土台”を整えることです。
精神疾患を「薬で管理する対象」として見るのではなく、「人生全体を支える課題」として捉えなければ、本当の意味での回復は起こりません。
薬で症状を抑えることは、時に必要かもしれません。しかし、薬だけで人生は変わりません。必要なのは、“治療”ではなく、“再び生きられる環境を作ること”なのです。
このように、情報不足や誤った常識は、人を守るどころか、人生の選択肢を狭め、健康を失わせる原因になります。知らなかった、教えてもらえなかった、それだけで人生が大きく変わってしまう。だからこそ、正しい知識を届けること自体が、社会課題の解決そのものなのです。
さらに、日本社会の制度そのものが生む弊害もあります。
医療、介護、福祉は本来、人を幸せにするための仕組みですが、制度が複雑で縦割りであるために、「制度のために人が合わせる」状態になっています。例えば、サービスを受けるためにわざと状態を重く見せなければならない、利用継続のために改善しすぎても困る、という本末転倒なことが起こります。これは制度が人を支配している状態です。
そして最も深い問題の一つが、利益追求型の経済システムの中に医療が強く組み込まれていることです。
製薬会社、医療機関、保険制度、広告業界が結びつき、「病気を減らす」よりも「病気を維持する」方が利益になる構造が存在します。不要なサプリメント、不安を煽る健康食品、過剰な検診、必要性が薄い自由診療など、その市場は非常に大きいものです。
テレビCMでは、「この症状は病気かもしれません」「今すぐ検査を」「年齢のせいだから仕方ない」といったメッセージが日常的に流れます。政治は制度を作り、企業は利益を追い、マスコミは広告費によって成り立つ。この三角関係の中で、国民は知らず知らずのうちに「不安を持つこと」「消費すること」が正しいと教育されていきます。
本来必要なのは、「病気になってから治す」ではなく、「病気にならない社会を作る」ことです。介護される前に予防すること、障がいがあっても役割を持てる地域を作ること、自分で選べる知識を持つこと。その積み重ねこそが、本当の社会課題の解決です。
私たちは、制度の中で働くのではなく、人の人生のために制度を使わなければなりません。医療も、介護も、障がい福祉も、目的は同じです。それは「全ての人が、適切で自由な健康を手に入れられる社会を作ること」です。
社会課題とは、冒頭、個人の努力だけでは解決が難しく、社会全体の仕組みや制度、価値観によって生まれ、放置すれば多くの人の生活や人生に大きな影響を及ぼす問題のことを指します。とお伝えしましたが、これは誰か特別な人の問題ではありません。私たち全員が当事者であり、私達全員が変える責任を持っています。
前述の通り、情報が乏しかった時代でも情報が溢れている現在でも、何が正しいのか、何が正解なのかが人間の身体は分からないからこそ真の正しい知識、正しい情報を得れるよう学び、それを顧客に伝え続ける事が私達アストレ、TriCoで働く者、医療•福祉の世界に従事する者の使命です。
